出発まで2週間を切った河南省への旅だが、今回の旅程を載せておく。
- 関西国際空港-上海浦東空港-咸陽国際空港 西安泊
- 兵馬俑博物館・鴻門宴景区 西安泊
- 八路軍駐西安弁事署・陝西歴史博物館・西安碑林博物館 西安泊
- 西安北-運城北-永済北 解塩池・鸛鵲楼 永済泊
- 永済北-渭南北 渭南-霊宝 霊宝市内散策 霊宝泊
- 霊宝泊 秦函谷関・魏函谷関探訪
- 霊宝-新安県-漢函谷関-洛陽 新安函谷関探訪 洛陽市内泊
- 洛陽-龍門石窟 洛陽市内散策 龍門泊
- 洛陽龍門-開封北 開封泊
- 開封市内散策 開封泊
- 開封北-上海 上海泊
- 上海浦東空港-関西国際空港
赤字は高鉄、緑字は緑皮車、茶色はバスを使用予定。
盛りだくさんな旅だが、まあ努力目標と言うことで時宜に応じて変更は有りである。個人的には西安の(「陝西省を往く」になってしまうが)鴻門宴景区が気になる場所。その他のところは過去に行っているのでその後の変化を見ることになるだろう。
解塩池のある運城は山西省(「山西省を往く」になってしまうが)だが、河東塩の産地であり、歴史的に見ても重要な場所である。また、隣の永済は王之渙の五言絶句「鸛鵲楼に登る」で有名な鸛鵲楼に俺も登ってみたいというただそれだけであるが、ホテルの名前が電機賓館(Electric Machine Hotel)という。こんな辺鄙な場所だが日中合弁の大型電動機の工場があるのでそういう名前になっているらしい。これらの場所は旧日本軍が山西省占領時に黄河対岸の潼関-関中方面に野心を持って進出していた場所で、中条山脈によって視界を遮られていたために中国軍から隠れて活動が可能であった。永済付近からは砲兵隊が潼関に砲弾を打ち込み、日露戦争時代に旅順攻撃に用いた28cm榴弾砲まで使用した記録が残っている。
潼関砲撃戦戦闘詳報 (第15号) 自昭和14年5月6日至昭和14年5月22日 野砲兵第26連隊
洛陽は龍門石窟向かいの東山賓館を予約したので念願の朝の龍門石窟が拝めるといいのだが。